連絡帳

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黄身を箸先でぷつんと切る瞬間、傷口に血がふつふつと集まってくるまでの白い時間、鍋のお湯が小さく沸騰するなだらかな音、ホットミルクが膜を張り出す温度、そういう大切なことにもっともっと気づいていかないとわたしはだめになる。 ベランダの隅で死んでた蝉もカラカラになってどこかいなくなってしまった。あっという間にわたしの20歳は過ぎ去ってなんの変わりもないままに21歳の日常が流れはじめた。駄々をこねて泣きながら吉祥寺の駅で迎えた誕生日は詩的なものでもなんでもなくて、いつもと違ったのはひとりで持ちきれないほどの愛にまみれたお酒を抱えてたというところだけ。わたしはとっても幸せだよ。

肩凝りのような

珈琲を飲まない理由はわたしが子供だからではなくてもうすでにそういう決まりごとができ始めているからです。まだこれは自分一人の問題だから許せるけれど、他人との間にそういう決まりごとが現れ始めると途端にうんざりしてくる。川はもちろん戻ってこないけど、寄せては返す海の波だって毎回違う。それに比べて沼の、底の見えない空も映らない重苦しい沼のほとりに立たされたようないたたまれない気持ちにはできればなりたくない。埃っぽい空港の端っこの椅子に小さく座り、リュックから出した潰れた菓子パンをコソコソとちぎっては口に入れ、ほとんど噛まずに飲み込む。€42&w.>3ヌ_|5☆み×1%ッ$|^にとってのわたしは日常なのか、はたまた非日常なのかが気になっている。浮わついた心と淡々と進む秒針。熱の中で撫でた寝言が思い出せない。

2016年10月5日は水曜日

わたしの右に座った左利きの女の子の話に頷きながら薄く重なったミルクレープの枚数をフォークでなぞり数える。甘いものを食べたときの後悔に近い気持ちがゆっくりじっくりとのしかかってきてるのを感じつつも砂糖を二杯入れたロイヤルミルクティーで口をゆすぐ。

いつのまにかわたしたちはこんなところに来ちゃってて、プリクラを撮ることも、お酒を飲まない遊びも、明るい時間に外を歩くことも、なんだか気恥ずかしい。

「21歳だってさ」って、笑っちゃうけど別に笑うようなことでもないんじゃないかと思う。これからあと一週間くらい、わたしはなにをしてもしなくても死んだりしない限りはそうなるみたいだし。

大人になったらなんにも気づけなくなっちゃうような気がしてたけどそんなことなくて毎日いろんなことが起きたり起きたりしてる。

今日だって帰りのバスで前に座ったサラリーマンの肩でイモムシがうにゅうにゅしてたし、クレープは15枚だった。西洋思想史の先生の字はハチャメチャに汚いし、国分寺と新宿は果てしなく遠かった。決して大きくはないけど確実なズレの匂いがあたり一面に漂っていた。もう、それを無視することだってできた。

ところでそれって、なんにも怖くなくなっちゃったの?

なんにも怖くなくなっちゃったんだとしたらものすごく怖いなと思う。 

am1:43 梅酒ミルク

無色透明のグラスに氷を入れる。もともと金の薔薇の絵が入っていたグラス。花びらの多い金の薔薇の絵は何度か食洗機に放り込まれたのちに綺麗さっぱりいなくなってしまった。

冷蔵庫を開けて取り出した梅酒を、グラスの三分の一まで注ぐ。次にまだ開いてない牛乳のパックを少し手こずりながら開ける。並々に注いだところで冷蔵庫の開けっぱなしの合図が鳴り、小さく舌打ちをする。せいぜい20秒くらいだろうに人間をそんなに急かすんじゃないよ。こっちにも都合ってものがあるんだよ全く。

そうして冷蔵庫のお望み通りに扉を閉め、食洗機の中にあった箸で慎重にかき混ぜる。作りたてで飲まないとどんどん分離してヨーグルトの出来損ないみたいになってきちゃう。はい。梅酒ミルクだよ。

遠くて近い

やっぱり現実味がない生活が気持ち悪くも心地よくて、毎日お酒を飲んでも飲まなくても曖昧に夜を明かして、これが二十歳のわたしの記憶になるなら誰よりも鮮明に覚えていたいと思える。蝉は全部死んで秋の虫が鳴いてて、もうひと月したらひとつ歳をとってまたすぐに今年が終わる。前の年と比べてみても今がいちばんたのしいと思えるし、幸せかと聞かれたらそんなんは知ったこっちゃないけど、確実に今しかできないことたちを重ねていっているからなにひとつとして後悔することはない。なげやりになるわけでもなく、でもなにかにしがみついたりもしないし、誰かのなにかになったりならなかったりしてもわたしはわたしのいちばん大切なひと。いつもそれだけを忘れないで好きなように生きててね。

ハイボールの夜

0時すぎ、駅前のチェーンの居酒屋、まずいハイボールとしょっぱいポテサラ、やけに天井の高い店内はけっこう賑わってて、だけどなんでか会話はひとつも耳に入ってこない。2020年のことを想像してわたしはなんにも言葉が出てこなくなってた。4年経ったら25歳かぁ。そのときも一緒にいれたらいいな、なんて思ってみたけど口には出さなかった。明日なにを考えてるかだってわからないのに無責任な言葉を放り投げるのは気がひけた。冷めて固くなった焼きおにぎりを箸でつっつきながら急にやり場のない孤独感にさいなまれて怖くなって顔を上げた。大丈夫だよ。ちゃんとテーブルの下では脚を絡めている。ズームボタンを押しながら後ずさりするような、視界が一瞬グラついたのはお酒のせいなんかじゃない。氷もとけて、ジョッキの汗がiPhoneを濡らす。次に目があったら、きみが、なにを、言う、か、当てる、よ、、ん、ほら、やっぱり、ね、当たり、だ、口元に、目を、やる、そ、ろ、そ、ろ、か、え、ろ、っ、か、、、、うん。

ほんのちいさなきっかけだとしても、わたしは大事に大事に水をやり屋根を与え愛をかけて立派なかなしみに育てあげてしまう。

些細なことほど気になるもので、ゆるやかだけど、確かに淡々と、着々と、積もっていくさらさらの砂たちは両手ですくい上げても指の隙間からこぼれ落ちるのです。

 

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星の見える夜も、見えない夜も、手を繋いで、どこまでも、どこまでも、月の明かりに、照らしだされた、その横顔を、こっそり見上げて、なんにも言わず、履きなれた靴で、地面を踏みしめて、朝から逃げるように、しっかりと、歩いていくよ。