地に足ついても耳がヘン
「サラダをフォークで食べるのって難しいよね。特に水菜とかの細いやつらは隙間をくぐってお皿に戻りやがる。」
そう言いながら細くて長い手をまっすぐに上げて、「お箸下さーい!」とよく通る声を響かせた。
小洒落た居酒屋らしい仄暗い店内のオレンジの灯りが長い爪についた石をピカピカと光らせて、わたしは授業中に鏡が反射する午前中の太陽のことをぼんやりと思い出していた。
「ねーえ、ちー聞いてる?隣の席のアレなんだろう。なんか炙ってる。あっ、お姉さーんアレなんですか?炙りシメサバ?じゃああれひとつくださいー!ちーシメサバ食べるよね。頼んだ。」
勢いに圧倒されつつも「知ってる。」と笑いながら返した。
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展望台からよくSNSで見かけるような色合いの空を見た。
一番星を見つけて指をさしたつもりになっていたけど、じーっとそれを見つめるうちにどんどん大きく降りてくる。
「↑羽田空港」と書いてあった。
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起きてすぐに夢の内容を検索欄に打ち込むのは全てのことに理由があると信じているから。
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シメサバあんまり好きじゃない
そう
誰が見ていようと見てなかろうとわたしはわたしのことを書かなければいけない気がする。
どこからの視線がどうだとかそういうことはほとんど無視をしなければいけない。
理由なく泣くこともあるし、それが完璧にアルコールのせいだけではないことも実際のところある。
それを全て理解してほしいと言いはしないけども責めたりされる部分ではないと思っている。
一晩中泣き尽くした頭痛を知らない人もあれば、何事もなかったかのように朝に目の腫れをすっかりなくしてしまう人もいるし、そればかりは本当にどこからも、どこに対しても、誰からも、誰に対しても、攻めようがない。
仄暗い喫茶店で小さなカップに入った飲みなれないコーヒーを、ショットグラスのように飲み干した。夕陽はあっという間にどこか別の国へと行ってしまった。
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ものごとが滞りまくっていて、その中でもかろうじて人と関わる部分は、なんとかしなくちゃと動けるんだけど、肝心なところを放ったらかしにしているせいで、自分のやりたいことややらなくちゃいけないことがズンズンと、土に埋もれて手が届かなくなって、どうもない小さな嘘を撒き散らして、言いたいことを言うのもかったるくて、毎日寝て起きてもなんにもリセットされてなくて、わかってるのにってことばかりがのし掛かって、途中で考えるのを止めたものごとたちばかりが表情もなく、ジリジリと詰め寄ってきて、部屋の床の狭さと比例して、気持ちの空の青が減ってく。
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大きなピザがどんどんと冷めていく。
ゴムのように硬くなったモッツァレラチーズが重たそうに乗っかってなにも言わずにこちらをじっと見ている。
上座だとか奥の席がソファだとかそういうことは関係なくいつもわたしは入り口の見える席に座りたい。うまく当てはまる言葉がわからないけど、瞳の多動症とでも言おうかなにか常に動いてるものを見ていないと落ち着かない。それが氷が溶けるのでも、子供が走り回るのでも、誰かにキスされるのでも同じこと。壁をじっと見るのは耐えられないけど、ガラスは液体で常に動いてるんだよって教えてくれたでしょ。少しずついろんな呪縛が解けていってるような気もする。
そんなことないよって言うとき、本当にそんなことないんだけど、口ではそう言っていても耳に入ってくるそんなことないよって言葉はどこか嘘っぽく聞こえて、あれ?本当にそんなことないのかなって、そんなことなくなくなってくる。
どんなにやわらかくて大きくてあたたかい幸せをもらったって、この間もらったかたくて小さくてつめたい棘が残ってるから、そんな幸せも膨らまし粉で膨らんでるだけのスカスカな幸せに見えてしまう。