お湯が沸くまで待ってるね
なんでも笑って許せる人が優しい人なの?
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「わたしあの日、雨にも気づかないほどに酔っててさ。君が傘に入れてくれたでしょ。それであぁ雨が降ってたのかって。それ以外のことは覚えてないんだけどね。」
「ひどかったよ。あの時は。ほんとに覚えてないの?」
「記憶にございません。」
「まじか。」
「でもさ、そういうことってない?ストックホルム症候群ってわかる?」
「監禁されてる人が犯人に感情移入しちゃってかばうやつでしょ?」
「そうそれ。ああいう感じなの。」
「ああいう感じ。」
「うまく言葉にならないんだけど、最近そういうことが多すぎるの。気づくのが遅いのか気づかないふりをしてるのかわからないけど。相手からしたら今さら蒸し返すの?みたいに思えるだろうから我慢して飲み込むのね。でもやっぱり我慢できなくて。我慢できなくなる頃には更に時間が経ってて。いたたまれないよ。どうしたらいいんだろう。」
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あの子が何を見て安心するのか知りたい
その時にどんな顔をしてるのか知りたい
人前でその顔をしたことがあるのか知りたい
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毎日楽しいんだけどな
虹の入江で
線路の砂利の隙間に咲いた白い小さな花が通る電車の風に吹かれてそよそよと涼しげに揺れている。陽を遮る屋根もないそこですくすくと育ち、大きくなったところでさっきまで優しく風を吹かせていた電車に轢かれて潰れてしまう。
強く生きること。したたかに、たおやかに、清く、正しく生きることがそんなに難しいんですか。
好きな人を好きという気持ちだけで全てがうまくいったらいいのにといつも思う。大事なものを大事にしたい。泣くことも怖くないのになにがわたしをこんなにいたたまれなくさせているんだろう。早く春が来ればいいのに。
気持ちに蓋をする必要のない日常がスパッとなくなって一気に吹き込んできた汚い煙に目をやられてぼろぼろと泣く。いままでよりも太ったわたしはいつものところに指輪が収まらなくて薬指を光らせている。帰り道の雪はすぐに止んじゃって積もったり、地面を光らせることすらない。ここはやっぱり東京。
地に足ついても耳がヘン
「サラダをフォークで食べるのって難しいよね。特に水菜とかの細いやつらは隙間をくぐってお皿に戻りやがる。」
そう言いながら細くて長い手をまっすぐに上げて、「お箸下さーい!」とよく通る声を響かせた。
小洒落た居酒屋らしい仄暗い店内のオレンジの灯りが長い爪についた石をピカピカと光らせて、わたしは授業中に鏡が反射する午前中の太陽のことをぼんやりと思い出していた。
「ねーえ、ちー聞いてる?隣の席のアレなんだろう。なんか炙ってる。あっ、お姉さーんアレなんですか?炙りシメサバ?じゃああれひとつくださいー!ちーシメサバ食べるよね。頼んだ。」
勢いに圧倒されつつも「知ってる。」と笑いながら返した。
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展望台からよくSNSで見かけるような色合いの空を見た。
一番星を見つけて指をさしたつもりになっていたけど、じーっとそれを見つめるうちにどんどん大きく降りてくる。
「↑羽田空港」と書いてあった。
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起きてすぐに夢の内容を検索欄に打ち込むのは全てのことに理由があると信じているから。
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シメサバあんまり好きじゃない
そう
誰が見ていようと見てなかろうとわたしはわたしのことを書かなければいけない気がする。
どこからの視線がどうだとかそういうことはほとんど無視をしなければいけない。
理由なく泣くこともあるし、それが完璧にアルコールのせいだけではないことも実際のところある。
それを全て理解してほしいと言いはしないけども責めたりされる部分ではないと思っている。
一晩中泣き尽くした頭痛を知らない人もあれば、何事もなかったかのように朝に目の腫れをすっかりなくしてしまう人もいるし、そればかりは本当にどこからも、どこに対しても、誰からも、誰に対しても、攻めようがない。
仄暗い喫茶店で小さなカップに入った飲みなれないコーヒーを、ショットグラスのように飲み干した。夕陽はあっという間にどこか別の国へと行ってしまった。
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ものごとが滞りまくっていて、その中でもかろうじて人と関わる部分は、なんとかしなくちゃと動けるんだけど、肝心なところを放ったらかしにしているせいで、自分のやりたいことややらなくちゃいけないことがズンズンと、土に埋もれて手が届かなくなって、どうもない小さな嘘を撒き散らして、言いたいことを言うのもかったるくて、毎日寝て起きてもなんにもリセットされてなくて、わかってるのにってことばかりがのし掛かって、途中で考えるのを止めたものごとたちばかりが表情もなく、ジリジリと詰め寄ってきて、部屋の床の狭さと比例して、気持ちの空の青が減ってく。